夢は見れども忘れるな

サラリーマンがブログ副業で3万円の収入増を目論み、日常を垂れ流すブログです。

少し驚いたこと

一週間も記事を書いていないと書くことが溜まっていそうだけど、それをまとめるのは大変である。種々雑多な物を蓄積できることと、それを体型的に発信して興味深く、面白いものにできるかは、能力の問題である。

 

携帯電話にカメラが搭載されたことと、デジタルカメラの普及で写真は身近になったけれど、その写真を整理することはとても煩雑だしストレスだ。

最近、死んだじいさんの動画がないかと現役・旧世代含めてハードディスクの中を整理した。検索やインデックス処理なのか詳しいことはわからないけれど、目的のじいさんの写真や動画は簡単に見つかった。けれど、そのライブラリの大きさに辟易した。

 

僕は、身近にある最大のライブラリはミュージックライブラリだと思っていた。特に意識して音楽を収集していた時期があって、こだわりがある。しかし、それ以上にでかい。数字だけでいくと音楽ライブラリは90GB程度、画像・動画のライブラリは250GB。三倍近い差がある。

動画は最近4Kの動画とかにこだわって撮るケースもあるけど、動画はそこまで撮ってきていないことから、動画が占める割合は少ないと思う。なので、しっかりと静止画などが写真が大部分を占める。

 

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はっきりと自分によって撮影されたと思われる最古の画像はこれで、2010年12月27日。確かこの撮影をしたときにはiPhone4だったと記憶している。解像度から歴史を窺い知れる。

こういう画像なら残しておこうかなと思うけれども、それ以外にもTwitterで保存した面白写真とか大人の秘密画像だとか、スクリーンショットとか仕事上のメモ写真とか……しめて四万五千枚ほどある。

こんなにも画像が溜まってしまう前から整理しておけば良い物だが、もう溜まってしまったものはしょうがない。

 

実家にはじいさんばあさんや、父ちゃん母ちゃん、僕らの写真が収まったアルバムが存在するものの、何十年も中身を見たことはないし、僕らは思い出して手にとったこともない。

何十年もアルバムや昔の写真に興味は無かったのだけど、今回二度と会うことのできないじいさんを思ってライブラリを掘ってみた。けれど、ここまで大量であるとは思わなかった。それを思うと、アルバムなどで取捨選択で、残すべき思い出と、残さない思い出がきちんと選択していた昔の方がよかったのか。それとも、ふと思い立ったときにでも検索でたどり着ける今の方がいいのか、その答えは、一長一短だけれど、よく考えてみないといけないね。